妊娠への第一歩は漢方薬から始まった

「不妊ルーム」を開設した当初、私が漢方薬を積極的に取り入れるようになった理由は、とてもシンプルでした。通院される多くの患者さんから、「漢方薬も試してみたい」「体質から改善したい」という希望を数多くいただいたからです。

そこで実際に漢方薬を診療へ取り入れてみると、これまで何年も不妊治療を続けても妊娠に至らなかった方が、妊娠されるという経験を重ねることになりました。もちろん、漢方薬は魔法の薬ではありません。しかし、身体全体のバランスを整え、本来持っている妊娠する力を引き出すという点では、大きな可能性を秘めていることを実感しました。

さらに、必要な方には排卵誘発剤を組み合わせることで、排卵のタイミングを把握できるようになり、妊娠される女性はさらに増えていきました。しかし一方で、近年は妊活年齢の上昇に伴い、もう一つ大きな課題が浮かび上がってきました。それが「卵子のエイジング(老化)」です。いくら排卵を促しても、その卵子の質が低ければ、受精や着床、そして妊娠継続は難しくなります。ここから私は、「卵子の質を高める医療」が必要だと考えるようになりました。

卵子を守る「卵巣セラピー」

卵巣セラピー その答えとして取り組み始めたのが、「卵巣セラピー」です。

最初に着目したのは甲状腺ホルモンでした。甲状腺ホルモンは代謝だけではなく、排卵や着床、妊娠維持にも深く関わっています。わずかな異常でも妊娠率に影響を及ぼすことがあるため、「不妊ルーム」では甲状腺ホルモンを緻密に評価し、必要に応じて甲状腺ホルモン製剤の補充を行っています。

続いてDHEAサプリメントです。DHEAは副腎から分泌されるホルモンで、卵胞の発育を支える環境づくりに関与すると考えられています。特に卵巣機能が低下してきた年齢の高い女性では、DHEAサプリメントを使用することで、卵子の質の改善が期待されます。

さらに大きな転機となったのが、2018年に亜鉛製剤ノベルジンが「亜鉛欠乏症を伴う不妊症」に保険適用となったことでした。亜鉛は卵子の成熟や受精時に起こる「亜鉛スパーク」と呼ばれる現象にも関わる重要なミネラルであり、不足すると正常な受精や胚発育に影響を及ぼす可能性があります。当院でも亜鉛不足を積極的に評価し、補充するようになってから、妊娠される女性が増えていきました。

現在では、ビタミンD、コエンザイムQ10、鉄、葉酸なども含め、一人ひとりに合わせた「卵巣セラピー」を行っています。卵巣は一つの臓器ではありますが、その働きは全身の栄養状態やホルモンバランス、代謝、免疫など、多くの要素の影響を受けています。だからこそ、卵巣だけを見るのではなく、身体全体を整えることが重要なのです。

漢方薬は土台をつくり、卵巣セラピーは卵子を守る

漢方薬と卵巣セラピー それでは、漢方薬と卵巣セラピーはどのような関係にあるのでしょうか。私は、この二つは競合する治療ではなく、「最高のパートナー」だと考えています。

漢方医学では、病気そのものだけを見るのではなく、「気・血・水」の流れや身体全体の歪みを整えることを大切にします。冷えや血流障害、ストレス、疲労、胃腸機能の低下など、一人ひとり異なる体質を改善し、妊娠しやすい身体の土台を築いていくのが漢方薬の役割です。

一方、卵巣セラピーは、西洋医学的なエビデンスに基づいて、甲状腺機能、ビタミンD、亜鉛、DHEAなどを適切に管理し、卵子が育つ環境を科学的に整える治療です。つまり、卵子の成熟やミトコンドリア機能、ホルモン環境など、妊娠に直結する部分を集中的にサポートしていきます。

例えるなら、漢方薬は「良い畑をつくる農家」の仕事です。そして卵巣セラピーは、その畑で育つ「種子を丈夫に育てる農家」の仕事です。どちらか一方だけでは十分ではありません。豊かな土壌があり、元気な種が育って初めて、美しい花が咲き、実を結ぶのです。

「身体」と「卵巣」を守ることが妊娠への近道

私は長年、多くの患者さんを診てきましたが、「漢方薬だけで十分」「サプリメントだけで十分」と、いろいろな方がいます。そして、身体全体のバランスを整える漢方薬と、卵子の質を科学的に支える卵巣セラピーを組み合わせることで、これまで難しかった妊娠する場面も数多く経験してきました。

妊娠は、卵子だけで決まるものでも、子宮だけで決まるものでもありません。全身の健康状態と卵巣の健康状態、その両方がそろったときに、初めて新しい命を迎える準備が整います。

「不妊ルーム」が目指しているのは、妊娠できる身体を育てていく医療です。その中心にあるのが漢方薬による体質改善であり、その効果をさらに高めるのが卵巣セラピーです。この二つが相乗効果を発揮することで、妊娠というゴールに近づける可能性は大きくなります。